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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)356号 判決

本籍

東京都豊島区池袋二丁目九〇一番地

住居

同都練馬区西大泉三丁目七番七号

会社役員

平塚敏二

昭和一三年一月六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金五八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から五年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪になるべき事実)

被告人は、東京都豊島区池袋二丁目九〇一番地ほか二か所において個室ヌード店を、同都港区六本木四丁目一二番八号においてビル清掃業を、それぞれ営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上を除外して仮名の定期預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和五六年分の実際総所得金額が四〇〇一万一四一〇円あった(別紙1修正貸借対照表及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、右所得税の納期限である同五七年三月一五日でに、東京都練馬区栄町二三番地所在の所轄練馬税務署長に対し、ことさらに所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、右五六年分の所得税一七〇八万二七〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五七年分の実際総所得金額が一億三〇一〇万〇九五六円あった(別紙2修正貸借対照表及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、同五八年三月一五日、前記練馬税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が三六九万円でこれに対する所得税額は、すでに源泉徴収された税額を控除すると三万二六〇〇円の還付を受けたこととなる旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六二年間押第四〇〇号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、右五七年分の正規の所得税額八〇四六万二八〇〇円と右申告(還付)税額との差額八〇四九万五四〇〇円(別紙5脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和五八年分の実際総所得金額が一億五八四九万〇三五二円あった(別紙3修正貸借対照表及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、右所得税の納期限である同五九年三月一五日までに、前記練馬税務署長に対し、ことさらに所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、右五八年分の所得税一億〇一三二万四一〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書

一  矼健夫の検察官に対する供述調書

一  山崎彦次郎、渡辺真弓、伊藤美香、香西光栄、戸部兼次郎及び平野弥次郎(不同意部分を除く)の収税官吏に対する質問てん末書

一  収税官吏作成の次の調査書

(イ)  現金調査書

(ロ)  普通預金調査書

(ハ)  普通貯金調査書

(ニ)  定期預金調査書

(ホ)  定期貯金調査書

(ヘ)  定期積金調査書

(ト)  通知預金調査書

(チ)  貸付信託調査書

(リ)  債券調査書

(ヌ)  株式調査書

(ル)  出資金調査書

(ヲ)  保証金調査書

(ワ)  未収金調査書

(カ)  設備造作調査書

(ヨ)  借入金調査書

(タ)  未払金調査書

(レ)  エビス商事勘定調査書

(ソ)  コマ印刷工芸勘定調査書

(ツ)  事業主勘定調査書

(ネ)  利子所得調査書

(ナ)  配当所得調査書

(ラ)  雑所得調査書

(ム)  特別減税額調査書

(ウ)  源泉徴収税額調査書

(ヰ)  所得控除調査書

(ノ)  元入金調査書

一  押収してある昭和五七年分所得税確定申告書一袋(昭和六二年押第四〇〇号の1)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により罰金額につき同条二項を適用したうえ懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金の合算額以下において処断し、後記量刑の理由のとおり被告人を懲役二年及び罰金五八〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項によりこの裁判の確定した日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

本件は、池袋駅周辺においては、個室ヌード店を三店を経営し、かつ個人でビル清掃業を営んでいた被告人において、昭和五六年分から同五八年分までの三年分の所得税合計一億九八〇〇万円余を免れたという事案であるところ、判示第一及び第三の犯行は、いずれも無申告ほ脱犯であり、また判示第二の犯行は、医療費控除の適用により納付済みの源泉所得税の還付を受けたため、給与所得のみを申告し、事業所得、利子及び配当所得は全く申告せず、したがってこれらのほ脱率は三年分とも一〇〇パーセントであり、脱税額が甚だ高額であることと相まつて重大な事犯といわなければならない。

被告人は、下着販売業やテレビ等の販売業を経て昭和三八年夏ころ、個室ヌード及びビル清掃業を始め、個室ヌード店については、同四九年及び同五七年にそれぞれ店舗を増設して業容を拡大したもので、右事業等により同五六年分には約四〇〇〇万円、同五七年分には約一億二〇〇〇万円、同五八年には約一億五〇〇〇万円にのぼる所得を獲得しながら、永年に亘って所得税を申告したことがなかったところから、帳簿類の作成は一切せず、個室ヌードの売上について店長らに簡単な日計表を作成させていたが、その日の売上金を集金して日計表は照合するや、これも破棄してしまい、売上金の大部分は仮名の定期貯金、定期積金、通知預金、貸付信託などとして蓄積していたもので、その動機・態様はともに悪質であるといわなければならない。また、被告人の所得の源泉たる個室ヌード業なるものはいわゆる風俗関連営業であることも考慮されなければならない。

右によれば被告人の刑事責任は重いといわなければならないが、反面、被告人の所得が急増するようになったのは昭和五六年後半以後のことであり、それまでの所得額はそれほど多くなかったこと、被告人はこれといった趣味もなく、生活費を切りつめてひたすら蓄財に励んでいたところ、本件について同五九年九月に国税局の査察調査を受けてからは、一貫して本件犯行を素直に認めており、改悛の情が認められること、ほ脱結果については、期限後申告または修正申告のうえ、現在までに国税及び地方税の本税はすべて完納しており、附帯税の一部を残して約二億二〇〇〇万円を納付していること、右附帯税等が未納であることについては、被告人が査察調査後有限会社えびす商会を設立し、蓄積資産の一部を投入して麻雀屋を開業したが事業に失敗し、同六一年九月期までに約五〇〇〇万円の損失を蒙つたため、納税資金に事欠くこととなり、被告人の妻が亡父から承継し被告人らの住居に充てている土地・家屋を処分せざるを得なくなり、現在その売却手続きを進めていること、被告人は個室ヌード業を近く廃止し印刷業への転進を約束していること、被告人の長男が先天性の心臓障害のため、入退院をくり返していること、被告人には暴行罪、公然わいせつ罪等により過去四回に亘り罰金刑に処せられ前科があるものの、それ以外には前科・前歴はないことなど被告人のため斟酌すべき事情も認められる。

以上のような諸般の事情を総合勘案すると、被告人に対してはこの際暫く懲役刑の執行を猶予してその自戒に委ねることとするが、なお若干の不確定要因も存するので長期間の猶予期間を付するのが相当であると認められる。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑懲役二年及び罰金六〇〇〇万円)

検察官井上經敏、弁護人田中富美子各出席

(裁判官 小泉祐康)

修正貸借対照表 (事業所得)

平塚敏二

No.1

昭和56年12月31日

〈省略〉

所得金額総括表

平塚敏二

No.2

昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙2

修正貸借対照表 (事業所得)

平塚敏二

No.1

昭和57年12月31日

〈省略〉

所得金額総括表

平塚敏二

No.2

昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙3

修正貸借対照表 (事業所得)

平塚敏二

No.1

昭和58年12月31日現在

〈省略〉

所得金額総括表

平塚敏二

No.2

昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙4

脱税額計算書

56年分 平塚敏二

〈省略〉

別紙5

脱税額計算書

57年分 平塚敏二

〈省略〉

別紙6

脱税額計算書

58年分 平塚敏二

〈省略〉

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